工房ぐるりの取材の後、林業に興味を持った。というのも、これだけ山や森が暮らしのそばにある日本、とりわけ長野県に暮らしていながら、「林業ってどんな仕事?」という問いに、きちんと答えられないことに気が付いたからだ。工房ぐるりの相澤夫妻に教えてもらって、同じく大町市、木崎湖畔にある荒山林業を訪ねた。荒山林業は、荒山雄大氏、あゆみ氏が夫婦で営んでいる。
「荒山林業は、いわゆる林家(りんか)です。自分たちの持ち山があって、そこの木を伐って売っています。所有面積はトータルで約270ha、その約7割は落葉広葉樹林の占める天然林です。基本的には市場に出さず、主に木工作家さんや大工さん、設計士さんなどから注文をいただいて、山に入って木を伐ります。
詳しく聞く前に先代が亡くなってしまったんですが、林業を始めたのは4代前ぐらいからのようです。先代やその前は、植林もしていたようですが、今はやっていません。というのも、植林が当たり前の時代にいち早く天然生林を活かす林業を始めていて、私たちはその方針を継承しているからです。」
林業とはどのような仕事か
そもそもある職業について正しく理解していると言えるのは自分の就いている職業くらいなのかもしれないが、とりわけ林業という仕事の内容について具体的にイメージを持っている人はそう多くはないのではないだろうか。
「今の日本では、林業による収入を主体に生計を立てている林家は少数です。うちは自分たちの持ち山を施業する自伐(じばつ)林家ですが、林家の他にも、地域の山の手入れを集約化して請負う形で施業している林業事業体というのもあります。
元々このあたりは、薪炭林(しんたんりん)として利用されていました。薪炭林というのは暖房や炊事に使う薪や炭を作るための林です。広葉樹はスギやヒノキに比べて比重が高く火持ちがします。この辺りには広葉樹が自生していて、ある程度細い段階で切れば薪や炭にできるので、効率が良かったようです。
薪や炭が生活必需品で木造建築が主流だった頃には、林業という仕事も農業や漁業同様、ごく身近なものだったと思いますが、石油燃料が普及し、人々の住まいも木造以外の素材に変わっていく中で、木材の需要も林業の担い手も減っていきました。そういうこともあって、林業がどんな職業なのかイメージがわきづらいのかもしれません。」
日本の林業
「現在の日本の林業は、同じ林業大国であるドイツの『法正林(ほうせいりん)』というやり方に倣っています。これは簡単に言えば、森を短冊状に区切って、これを年々計画的に伐採→植林と繰り返していくやり方で、持続的な森林経営を実現するための管理手法とされています。ただ、実際には立地や気象、市況の影響も受けるので、山によってはこの手法を適用するのがそもそも難しい場所もあります。
日本には『あとは野となれ山となれ』って慣用句がありますよね。放っておくと野原に草が生え、木が生えて、行き着くところは山、という様子。そういう環境って実は世界的に見てもかなり貴重だそうです。日本も戦争によって焼け野原になり、燃料供給用としても多くの木が伐り出されたこともあって、このあたりもはげ山だったそうですが、70年でご覧のとおりになっています。ドイツと日本とでは植生も異なりますし、地形を見ても、ドイツは割と平坦、日本は急峻な山がち。木の下に生える下草(したくさ)が成長するスピードも全く違います。ドイツにはドイツの、日本には日本の気候や土壌があるから、林業も、環境ごとに適したやり方があって良いはず。」
荒山林業地の象徴的な複層林の様子。先代は「単木的管理」という考え方の元、一本一本の木の関係を見ながら、生えて来た薮も残しながら少しずつ手入れしていくことで恒久的に持続する森林を目指した。
木も見て森も見る
広葉樹の山を持つ荒山林業が行っているのは、多種多様な樹種を一本一本観察して選択的に伐採する「単木的管理」だ。
「一本の木を視て、その周りの他の木や下層植生との関係、日当り、土の感じ、沢っぽいところなのか尾根っぽいところなのかなどを観察しながら、伐るタイミングを見計らって伐採しています。これは先代がやっていた方法で、木を一本一本視ていって、育てたいと思う木を見つけたら、その木に影響を与えるであろう周りの木を確認します。いくつか影響を与えそうな木の中で、早めにダメになりそうな木があれば早めに伐りますが、他の木もまとめて一気に伐るわけではありません。様子を見ながら、これは10年後に伐ろうとか、一つ一つ木を見ながら決めます。
一般的には、面積当たりで何本残すかという計算で木を伐るのが主流です。私たちのやっている単木的管理は手間のかかる方法ですが、多様な生態系を維持しながらの施業を目標として、この手法を続けています。」
「日本は森林資源に恵まれていて、すごくポテンシャルがあると思うんです。ただ、急峻な地形ゆえに、道路を整備したり、どんどん生えてくる下草を刈る作業など、植林後の手入れにかかる費用が恐らくドイツとは桁違い。だから、どういうふうにやればコストが見合うかを、改めて考え直す時期に来ていると思っています。人工林とはいっても自然の環境ですし、唯一の正解はないから、いろんなやり方があっていいと思うんですよね。単木的管理にしても、一本一本の木を尊重した結果、この写真のような『変木』が生かされることもある。どの木を残すか、伐るかに正解はなく、山主の感性で決められるからこその面白さですね。」
まっすぐ生きてきたのになぜか突然進路を変えようとした木(一体何が!?)。よく見ると一本一本の木にもドラマがあって実に面白い。
木材の需要を生み出すために
荒山林業では、需要に応じて木材を供給するだけでなく、需要そのものも自分たちで生み出すための活動も行っている。
「人って、面白いものには自然と惹かれますよね。だからちょっとふざけたこともやりたいなと思っていて。以前たまたまイベント出展のお話をいただいて、初めて出展したんですが、そこで出したのが『ひのきのぼう』。某有名ゲームの一番最初の装備に出てくるあれです(笑) その後のイベントでは、コナラの枝を削って作る『ナラ剣』づくりワークショップもやったのですが、これは小学生の男子に好評でしたね。みんな真剣な表情で黙々と枝を削ってくれていました。
それからまた別の知人が声をかけてくれて、その方のギャラリーでシラカバのキャンドルホルダーを作るワークショップもやりました。ワークショップも、ただ作って終わりではなく、シラカバが森の中でどんな役割があるかや、材としての特徴、どういうタイミングで伐り出したものかといった背景も説明するようにしました。そういう話をすることで、長い目で見て『いつか森に来たいな』とか、『荒山林業の木を買いたいな』と思ってくれる方ができたらいいなって。イベントが山への入り口になるように意識しています。
これは別にうちが儲かれば良いという話ではありません。うちだけ良くても仕方なくて、林業界全体が盛り上がっていかなきゃいけないと思っています。だから、ふざけたようなことも織り交ぜて、少しでも世間にひっかかればいいなと。」
林家の使命
「ミズナラで作ったコースターには、商品名に『70年生ミズナラのコースター』と樹齢も添えました。ミズナラは成長が速くはない木ですが、そのコースターにした木は特に、崩れたような崖っぷちに立っていた枯れそうなものを伐ってきたので、70歳の割に細い木でした。それを見たお客さんは『そんなに生きてるんだ!』と驚いて買っていってくれました。その木がどこから来たものかは、伐ってきた人にしか分かりません。林家の私たちだからこそ伝えられることがあり、それを伝える使命が私たちにはあると思っています。
いま一般的には、山を相続したら固定資産税を取られるし手入れもしなきゃいけないし、お荷物だって言われますよね。そこに植えられているスギ・ヒノキ、カラマツも、材としてはお荷物扱いされているけれど、元はと言えば子孫に資産という形で何かを残してあげたいっていう先祖様の愛情だったはずです。山って四季折々いろんな姿が見られるし、沢が流れていれば水はある、山菜やキノコもある、獣がいれば肉も食べられる、斧があれば木を切り倒して家だって作れます。山を持つことは大きな保険に入っているのと同じだなって、そう思うのです。私たちの活動を見て、山に興味を持ったり、山持ちになりたい・林業やってみたいと思ってくれる人を増やすことも、私たちの使命の一つだと思っています。」
荒山林業
長野県大町市平13499
https://www.facebook.com/arayamaringyo/
電話:0261-22-2064